東京高等裁判所 昭和54年(う)1760号 判決
被告人 小野増美
〔抄 録〕
原判決が正当に認定判示した事実関係によれば、被告人としては、燃えている木片の火を消すべき義務があり、かつ、容易に火を消すことができる状況にありながら、本件家屋等が火災になってもかまわないと考え、あえて木片の火をそのまま放置した結果、火が燃え拡がって本件家屋及び隣接の家屋を焼燬したのであるから、被告人の所為は、不作為による現住建造物等放火として刑法一〇八条に当たると解するのが相当である(最高裁判所昭和三三年九月九日第三小法廷判決・刑集一二巻一三号二八八二頁参照)。
(岡村 林 新矢)
〔編注〕
(罪となるべき事実)
被告人は、石原三男所有の新潟県栃尾市新町五番四号所在の家屋を借り受け、妻房子と織物修整業を営んでいたものであるが、かねてから酒癖が悪く、飲酒のうえ房子に当り散らしたり、物を壊すなどの振舞いに及ぶことがたびたびあったところ、昭和五三年七月二四日昼ごろ、房子が被告人の言い付けどおりに昼食の用意をしなかったことに立腹して昼食をとらずにいたところ、その後訪れた同女の友人と房子が外に働きに出た方が良いなどと話しているのを聞いて不愉快に思い、同日午後三時ごろには仕事を切り上げて、そのころから同日午後七時ごろまで一人でビール約四本を飲んだが、酔うほどに同女へのうっ憤を募らせ、同女を怒鳴り付けたり、それでも治まらずに一階八畳茶の間の飯台の上に置いてあった灰皿の中でティッシュペーパーを数枚燃やすなどしていやがらせをしたのち、同日午後一一時ごろ外出して飲食店でビール二本を飲んで帰宅したところ、房子が被告人の行動に恐れをなして子供達を連れて家を出たまま帰らないため、いよいよ憤激し、日ごろ房子が信仰している創価学会の仏壇(高さ約四〇センチメートル、幅約一五センチメートル、奥行き約七センチメートル)を両手で壊して六片くらいの板切れにしたものの、なお不満がおさまらず、更にその木片を燃やしてうっ憤を晴らそうと考え、翌二五日午前一時ごろ、右木片の一枚にガスレンジで点火し、これを前記茶の間ベニヤ板壁から約九〇センチメートル、西側の壁から約一二五センチメートルの地点の南側サイドボード手前の畳の合わせ目付近に置いてあったガラス製灰皿(直径約一九・五センチメートル、高さ約四センチメートル。昭和五三年押第二三号の一はその破片の一部)の上で燃やし、更にこれに木片一枚をつぎ足して、その燃えているところに、もう一枚の木片(長さ約四〇センチメートル、幅約七ないし八センチメートル、厚さ約三ないし四ミリメートル)を載せたが、このように燃え易い木片をそのまま放置して燃えるにまかせると、いずれその火が燃え拡がって畳等に燃え移り、終には前記家屋をも焼燬するに至るかもしれないことを認識しながら、房子らがいつまでたっても帰って来ないことや独立後も借金の返済に追われていることなどをあれこれ考えて自暴自棄となり、とっさに右家屋が焼燬して自分も焼け死んでもかまわないという気持になって、あえて右木片を灰皿の上に置いたまま前記居間に敷いてあった布団の上に横になってこれを放置し、よって右木片の火を灰皿の下付近の畳表に燃え移らせ、更に近くの畳の合わせ目を伝わって、同室南側ベニヤ壁又は柱などに燃え移らせて右家屋に放火し、よって現に人が住居として使用している右家屋(木造瓦葺二階建総床面積一五五・一平方メートル)を全焼させて焼燬したほか、更に火は南側に隣接する奥村和男が所有し、同人らが現在する同町五番三号所在の家屋に燃え拡がって同家屋(木造瓦葺二階建総床面積一〇八・九平方メートル)のうち二階部分など約七二・六平方メートルを焼燬したものである。